下田行政書士事務所

私がすべてを相続することは可能ですか。

相続人が複数いたとしうて、そのうちの1人による遺産の独占は、法的に可能か不可能かでいえば可能です。

ただし、この質問の真意が、ほかの相続人を出し抜き遺言を無視して勝手に独占できるか、という意味ならば、それは法的に不可能です。

独占するための条件

相続人のうちの1人が遺産を独占するためには条件があります。

まず、遺言の有無が関係します。遺言が存在したとして、そこに遺産の分配方法を指示する内容が書かれている場合には、その指示に従うことになりますから、独占は不可能です。(民法908条1項

したがいまして、最初の条件は、遺言が存在しないか、存在してもそこに遺産の分配方法の指示が書かれていないことです。

もしかしたら「遺言があるのに遺産の指示が書いてないことなんてあるのか」と疑問に思うかもしれませんが、遺言の書き方は法的に厳しく決められているため、法的には無効である場合が珍しくありません。法的に無効ということは、書いてないのと同じです。

次の条件は、ある1人が遺産を独占することについて、相続人全員が合意することです。(民法907条1項

全員の合意が遺産の独占に法的な効力を与えます。1人でも反対していれば、あるいは、明確に反対しないまでも賛成もしていないならば、合意したことになりません。

この2つの条件をどちらも満たすことができたなら、遺産の独占ができます。

独占事例(1)親のために

複数いる相続人のうち1人が遺産を独占するのは、特段めずらしいことではありません

例えば、夫婦に子が1人という家族構成で、夫が亡くなったとすれば、その相続人は妻と子ということになります。遺言が存在しなければ、相続の内容は、この2人の合意によって決めることができるわけです。

亡き夫の遺産が銀行預金だけだったとして、このとき、子がすでに成人して働いていれば、年老いた母(亡き夫の妻)が今後の生活費のために遺産を独占する、というのはよくある話の1つです。

もちろん、これは1つの例であって、同じ状況で子が独占することもあれば、半分ずつで相続することもあります。合意があれば、どのような遺産分割もあり得る、ということです。

独占事例(2)事業のために

別の例として、資産的価値のある遺産が故人が生前していた事業のための財産(仕事場である不動産、仕事用の大型機械など)しか存在せず、その財産をバラバラに相続すると、その事業が成り立たなくなるとか、価値が大きく低下するとかいった場合です。

その場合に、ある1人がその事業を引き継ぐため遺産を独占し、ほかの相続人は全員辞退することもよくあります。

具体的には、故人が生前、農業を営んでいて、その主な遺産が農地と農機具だった場合です。その上、その農業を手伝っていたのが近くに住む次男だけで、長男も長女も遠方でいわゆるサラリーマンの生活をしていた、というような例です。

この場合でも、長男や長女が農地を相続することは、もちろん法的に可能です。

しかし、農地を所有すれば、耕作をするしないにかかわらず、1年を通じて雑草の処理など管理をしなければなりません(放置している農地は、通常の農地を比べて、固定資産税が約1.8倍かかるおそれがあります)から、そのために遠方から通うのはあまり現実的ではありません。

また、農機具類を相続しても、アパートやマンション暮らしでは置き場所に困ります。かといって中古品を売却しても大した金額になりません。それよりは農地も農機具も次男が独占したほうが有効活用できるでしょう。

しかし、大事なのは相続人全員の合意です。現実的だったり合理的だったりすれば合意しやすい、ということはあるでしょうが、裏を返せば、合意できるなら非現実的・不合理な相続も可能です。

[根拠法令]
民法908条1項
(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)

第九百八条 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。

民法907条1項
(遺産の分割の協議又は審判)

第九百七条 共同相続人は、(中略)いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。